アブラハムの終活【感想】創世記(37)—アブラハムからイシュマエルのトルドットへ—

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ここまでの文脈

 創世記は11のトルドットに区分される。創世記11:27以降ずっと第6のトルドットを見てきた。第6のトルドットは「これはテラのれきしである」。今回、創世記25:11でこの長いトルドットが終わる。ここで、いよいよアブラハムの歴史が終わりを迎える。

今回の聖書箇所を要約すると

  • アブラハムは新たな妻・ケトラを迎え、更に6人の子を設けた。
  • 生前に子ども達に財産分与を済ませ、イサクから他の子ども達を遠ざけた後、175歳でアブラハムは死んで、マクペラの墓地に葬られた。
  • イシュマエルの12人の子ども達は、ほぼアラビア半島全域に広がっていった。

感想・気づき

 アブラハムはイサク以外の子ども達には、「贈り物を与え、自分が生きている間に、彼らを東の方、東方の国に行かせて、自分の子イサクから遠ざけた(創24:6)」。アブラハム契約の継承者はイサクだったので、アブラハムは全財産をイサクに与えた。だから、自分の死後、息子たちの間で争いが起きないように生前に財産分与を行い、問題を解決した。

 このイサク以外の子ども達の子孫たちの中には、将来イスラエルの12部族と敵対的な関係になる者たちもいるし、実際に戦争も起こっている。アブラハム契約のことは恐らくイサク以外の子ども達にも、アブラハムは伝えていただろうし、「あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪うものをのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される(創12:3)」というアブラハム契約の祝福の条項については、特に強調して伝えていたはずだ。にも関わらず、将来イサク、ヤコブの子孫たちと敵対関係になってしまうというのはどういうことだろう。さらに、このイサク以外の子ども達の子孫の中には偶像崇拝に陥ってしまう部族もいる。

 こういったことは聖書で詳しく語られていないので、事実そういうことが起きたのだということ以上に理由を詮索してもあまり意味はないのだろう。聖書のほかの箇所でも親は立派だが、子どもはろくでなしで神に背いた生き方をしている例が色々と出てくるように思うが、親がいくら立派な人物であっても、それで子どもが上手く育つとは限らないということだろうか。子どもは親とは別の主体的な人格をもった人間であるので、それは十分にあり得ることか。聖書の記述のリアリティー・歴史性というのはこういうところからも感じられるなと思う。

 

 創世記25:12〜18は第7のトルドットで、第6のトルドットに比べて非常に短い。「イシュマエルの歴史」とあるので、これはイシュマエルの子孫がどうなったかという歴史のことである。

 イシュマエルからもまた、12部族が出た。これは「イシュマエルについては・・・わたしは彼を祝福し・・・彼は十二人の族長たちを生む。わたしは彼らを大いなる国民とする(創17:20)」と神が約束したことの成就である。また、彼らの居住したエリアが北はユーフラテス川から、南は紅海まで、西はシナイ半島の北から、東はバビロンの西側国境までであり、ほぼアラビア半島全域にわたる。この地理的分布は、イシュマエルの子孫がアラブ人であるという証拠になっている。

 「彼らは、すべての兄弟たちに敵対していた(創25:18)」とあるが、これは創世記16:12の成就である。一方で祝福すると約束し、一方で互いに敵対すると約束し、その両方が成就しているという点が面白い。

 また、イザヤ書19:23〜25では、中東全域でアブラハム、イサク、ヤコブの神への信仰が起こると預言されている。この預言は将来的にはアラブ人も全て聖書信仰を持ち、救われるようになるという預言だと解釈されている。当時はイスラム教はまだ影も形もなかった訳だが、現在イスラム教を信奉している中東のアラブ諸国もその内変わるだろうと預言されているということだ。