【感想・備忘録】ルカの福音書(20)最初の弟子たちの招き5:1~11

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 今回のメッセージはここで聞けます(2022年2月27日)→

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ここまでの文脈

 ナザレを去ったイエスはカペナウムを宣教の拠点とした。イエスの権威は、悪霊の追い出しと病の癒しによって広く証明されていった。そして、カペナウムに留まるように懇願されたが、イエスユダヤ全土の諸会堂で宣教を続けた。

 今回の箇所では、イエスはシモン、ヤコブヨハネといった最初の弟子たちを招かれる。それまで、彼らは漁師をしながらイエスに従っていたが、この召命が転機となる。

今回の聖書箇所を要約すると

  • 群衆がイエスに押しかけてきたので、イエスはシモンに頼んで小舟に乗ってゲネサレ湖(ガリラヤ湖)に漕ぎ出してもらう。
  • エスはシモンに網を下ろすように指示すると、通常漁は昼にはできないはずにも関わらず、大漁となる。
  • エスはシモン、ヤコブヨハネに弟子となるよう召命する。

感想・備忘録

 シモン、ヤコブヨハネはこの大漁の奇跡を目撃し、イエスこそ「主(キュリオス)」だと認識する。当時の漁は夜に浅瀬で行うのが通常だったのに、昼間に深みで網を下ろしたにも関わらず大漁になったので、通常はあり得ないことが起きたのだ。シモンたちが使っていた網は亜麻糸でできており、昼間だと魚に見えるので夜にしか漁をしても魚が取れなかったからだ。

 彼らはイエスをメシア(救世主)だと信じた。しかし、当時の一般認識では、メシアはローマの圧政からユダヤ人を解放する政治的解放者、政治的メシアと理解されていた。だから、イエスは公生涯の間ずっと、正しいメシア像を伝えることに苦心した。そして、結局、それは伝わらずイエスの十字架の死と復活以後に初めて弟子たちに正しく理解されるようになる。

 

 大漁の奇跡が起きたのは、シモン達は夜通し漁をしたが何も取れない不漁の日だった。にも関わらず、通常では考えられない方法で大漁となった。これには様々な適用が可能であろう。

 例えば、人間が自身の努力に対して成果でなくて落胆する時は、神の介入のチャンスである。また、人間的判断で行う奉仕は疲れとストレスばかりが溜まるが、神の導きに頼る時はそうはならないというものもあるだろう。また、ルカの福音書ではガリラヤ湖の「深み」とは異邦人世界の象徴と考えられているそうだ。