【感想】ルカの福音書(6)ヨハネの誕生1:57~66

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 今回はルカの福音書1:57~66までです。

ここまでの文脈

 今までの文脈としては、ヨハネとイエスの対比が続いている。①誕生の告知、②実際の誕生物語、③人々の喜び、と続く。これらの対比の目的は、ヨハネよりもイエスの方が偉大であることを示すことだ。

今回の聖書箇所を要約すると

  • 「月が満ち」エリサベツは男の子を出産する。
  • 8日目の割礼の際、長男には祖父の名前を付けるという従来の慣習に反して、「ヨハネ」と名付ける。
  • 命名の途端、ザカリヤのしゃべれるようになり、お祝いに来ていた近所の人々は大いに驚き、この話はユダの山地全体に知れ渡るようになった。

感想・気づき

 ユダヤ人のお祝いの習慣はとてもいいなと思った。「近所の人々や親族は、・・・彼女とともに喜んだ(ルカ1:58)」と書いてあるが、子どもが生まれると、割礼をする8日目まで毎晩集まってお祝いをするのが習慣だったそうだ。両親と祖父母だけでなく、ご近所の人たちも一週間にわたってお祝いしてくれる、そして、そうできるだけの近所づきあいがあるというのは、日本の都市部に住んでいるとなかなかない経験だろう。私の子ども達もこのように祝ってもらえたら、とても嬉しかっただろうし、子ども達も幸せだろうなと思う。また、近所から人々が集まってきて、皆で祝っている様子を想像するだけで、とても喜ばしい気持ちになる。

 エリサベツは「月が満ちて」男の子を産んだが、この「月が満ちて」というのは、通常の妊娠期間を経て出産したことを示しており、誕生そのものは何ら奇跡的要素がなかったことを示している。創世記21:2~3のサラの出産やルカ2:6~7のマリアの出産についても、同じように「月が満ちて」子を産んでおり、出産そのものは通常のものだった。

 また、イエスの誕生譚と比べて、非常に短く簡潔に記録されている点は、イエスの優位性を示している。

 

 ユダヤ人の慣習では、元々は命名は誕生直後にするのが一般的だったが、誕生後8日目に男の子に名前を付けたのは、当時はギリシア・ローマ文化の影響を受けていた可能性がある。また、長男は祖父の名を受け継ぐのが慣例であったが、エリサベツは「いいえ、・・・ヨハネという名にしなければなりません(ルカ1:60)」と言い、ザカリヤも筆談でそれを認め、周囲の人々を驚かせた。

 さらに、そのヨハネ命名の途端に、天使の御告げ以降しゃべれなくなっていたザカリヤの口が開いて、神に褒めたたえる祈りを始めたので、周囲の人々は更に驚いた。この事件は畏怖の念をもって、ユダの山地全体に語り伝えられていった。ヨハネが約30年後に奉仕を開始した時も、人々はこの物語を伝え聞いて覚えていたので、すぐに広い範囲から人々が集まったものと思われる。

 このヨハネの誕生譚と30年後の奉仕の関係は面白いと思った。物語の前後関係というのが、聖書は記述が簡潔で気が付かないことが多いのだけど、解説されるとなるほど、とただただ驚くばかりだ。ただ字面を追いかける読み方をしているんだなと反省してします。